2024年10月、日本人史上4人目のNBA選手としてメンフィス・グリズリーズでデビューを果たした河村勇輝選手。
身長172センチという小柄な体格で世界最高峰のリーグに挑戦し続けており、2026年10月現在は八村塁選手も所属するロサンゼルス・クリッパーズでNBA挑戦3年目を迎えています。
グリズリーズ退団後はシカゴ・ブルズとのツーウェイ契約で出場機会を掴み、2026年8月にクリッパーズとエグジビット10契約を結ぶなど、デビューから2年で所属先を渡り歩いてきました。
そんな河村勇輝選手について、本記事では
・河村勇輝のプロフィール
・河村勇輝のこれまでの経歴
・デビュー後、現在の所属は?
・プレーの特徴は?
などについて深掘りして紹介します。
史上4人目の日本人NBA選手となった河村勇輝とは?
2024年10月25日に開催されたNBAのロケッツ戦にて、河村勇輝選手がNBAデビューを果たしました。
河村勇輝選手はわずか3分34秒の出場時間でしたが、夢だったと語るNBAの舞台で堂々たる姿を見せています。
これまでにNBAでプレーした日本人選手は、田臥勇太選手、渡辺雄太選手と八村塁選手の3名のみだったので、河村勇輝選手は史上4人目の日本人NBA選手としてその名を刻むことになりました。
デビュー戦では短い時間ながらも1アシストを記録しており、今後の更なる活躍が期待されています。
そんな河村勇輝選手について、まずは基本情報をまとめたプロフィールから見ていきましょう。
河村勇輝のプロフィール
河村勇輝選手のプロフィールは下記の通りです。
《河村勇輝のプロフィール》
名前:河村 勇輝(かわむら ゆうき)
年齢:25歳(2026年10月時点)
生年月日:2001年5月2日
出身:山口県柳井市
身長:172センチ
体重:72キロ
ポジション:PG
現所属:ロサンゼルス・クリッパーズ(エグジビット10契約)
日本代表歴:2022年より(2026年6月、第2次強化合宿に参加)
これまでの経歴
ここからは河村勇輝選手のこれまでの経歴について詳しく紹介していきます。
バスケを始めたのは6歳の時
河村勇輝選手がバスケを始めたのは6歳の時で、キッカケは選手として活躍していた父の影響からだったそうです。
しかし河村勇輝選手の両親は二人とも教師をしていたこともあり、自身も将来は教員になることを目指していたと当時を振り返っています。
実際に大学生時には教員免許の取得を見据えて、教育実習にも参加しようと考えていたようです。
しかしそんな将来の夢とは裏腹に、河村勇輝選手は教師でありバスケ部の顧問を務めていた父の指導を受けてその実力をぐんぐん伸ばしていきます。
中学生時から山口県では抜きん出た存在として、大きな注目を集めるほどの選手だったそうです。
福岡第一高校に進学し、インターハイ優勝
中学卒業後は、隣県である福岡の名門・福岡第一高校に進学します。
全国から実力者が集まる福岡第一高校でも河村勇輝選手は中心選手として高いパフォーマンスを披露し、3年間で4度の全国制覇、2度のウィンターカップ優勝を達成。
ベストファイブにも選出されており、高校生の中でも特別な存在だったといえるでしょう。
ちなみに天皇杯ではプロバスケットボールチームである千葉ジェッツふなばしとも対戦しています。
当時マッチアップした日本代表の富樫勇樹選手に対して高校生ながら引けを取らないプレーで対抗し、一気に注目度を高めました。
大学進学と同時にプロ入り
高校卒業を目前に控えた2020年1月、特別指定選手として河村勇輝選手が三遠ネオフェニックスへの入団することが発表されました。
加入発表から5日後には早速デビューを果たしており、B1リーグの最年少出場・最年少得点を記録するなど、華々しい活躍を見せています。
その一方で、4月からは東海大学に進学しバスケ選手と大学生という二足草鞋の生活に。
ただ、東海大学は2022年3月に「バスケ活動に専念するため」といった理由で退学しており、以降はNBAに挑戦する2024年まで横浜ビー・コルセアーズでプレーしています。
デビュー後の現在は?グリズリーズ→ブルズ→クリッパーズの歩み

2024年10月のデビューから2026年10月現在までに、河村勇輝選手は3つのチームを渡り歩いています。ここではその歩みを時系列で整理します。
グリズリーズでのルーキーシーズン(2024-25)
デビューを果たしたメンフィス・グリズリーズでは、2024-25シーズンに20試合出場、平均3.2分・1.2得点という出場時間の限られたルーキーイヤーを過ごしました。シーズン終了後、グリズリーズとの契約は更新されませんでした。
ブルズとツーウェイ契約も、負傷で一時契約解除(2025年7月〜10月)
2025年7月19日、シカゴ・ブルズとツーウェイ契約を締結し新天地での挑戦をスタート。しかし右下腿部のコンディション不良もあり、同年10月17日に一度契約を解除されています。
ブルズと再契約、NBA公式戦デビュー(2026年1月)
2026年1月6日、河村勇輝選手はブルズとツーウェイ契約を再び締結。同年1月31日のマイアミ・ヒート戦でブルズ公式戦に初出場し、6得点・2アシスト・3リバウンドを記録しました。
2025-26シーズンのブルズでは18試合出場、平均11.6分・3.4得点・2.6アシスト・1.8リバウンド、傘下のGリーグ「ウィンディシティ・ブルズ」では11試合で平均33.5分・18.7得点・10.8アシストと、Gリーグでは主力として存在感を示しました。
日本代表の強化合宿に参加(2026年6月)
2026年6月、男子日本代表の第2次強化合宿に参加。所属先のブルズとの兼ね合いから、同年7月のFIBAバスケットボールワールドカップ2027アジア地区予選Window3(中国戦・韓国戦)には出場しませんでした。
クリッパーズとエグジビット10契約(2026年8月〜)
2026年8月9日(現地)、河村勇輝選手はロサンゼルス・クリッパーズとエグジビット10契約で合意。八村塁選手が所属するクリッパーズで、NBA挑戦3シーズン目に臨むことになりました。
エグジビット10契約は最低保証額の無保証契約で、開幕ロースターに残れなくてもGリーグ移籍時にボーナスが支払われる仕組みです。2026年9月28日からのトレーニングキャンプ、10月4日のウォリアーズ戦(プレシーズン初戦)にも出場し、10月21日の開幕に向けてツーウェイ契約への格上げを目指して競争中です。
大谷翔平選手や村上宗隆選手がMLBで、前田大然選手がプレミアリーグで戦うように、河村勇輝選手もNBAという世界最高峰の舞台で日本人選手の存在感を示そうとしています。
プレーの特徴は?武器は何?
バスケ選手としては比較的小柄な172センチの河村勇輝選手ですが、どのようなプレーが特徴なのでしょうか。
簡潔に河村勇輝選手の特徴をお伝えすると、ずばりスピードを活かしたテクニカルなドリブルやチャンスメイクです。
小柄な身長な分、長身選手の懐に潜り込むドリブル得意としており、うまく身長差を活かしたプレーが河村勇輝選手の最大の特徴と言えるでしょう。
また、ドリブルだけではなくゴールに直結するアシストの的確さも魅力の一つ。
その一方で自身の得点力が課題だという指摘の声もあり、そういった面もNBAでどれだけ伸ばせることができるかに注目が集まっています。
FAQ
A. 2026年10月現在、ロサンゼルス・クリッパーズとエグジビット10契約を結んでいます。無保証契約のため、10月21日の開幕に向けてツーウェイ契約への格上げを目指して競争中です。
Q. 河村勇輝のNBAでの成績は?
A. 2024-25シーズンはグリズリーズで20試合出場(平均3.2分・1.2得点)、2025-26シーズンはブルズで18試合出場(平均11.6分・3.4得点・2.6アシスト・1.8リバウンド)を記録しています。
Q. 河村勇輝の身長・年齢は?
A. 身長172センチ、2001年5月2日生まれで2026年10月時点で25歳です。
Q. 河村勇輝は日本代表に選ばれている?
A. 2022年から日本代表歴があり、2026年6月には男子日本代表の第2次強化合宿に参加しました。ただしNBAの所属チームとの兼ね合いから、同年7月のワールドカップ予選Window3には出場していません。
まとめ
以上、本記事では河村勇輝選手の基本プロフィールやこれまでの経歴、NBAデビュー後の現在の所属、プレースタイルなどを紹介しました。
最後に本記事で紹介した内容を簡単におさらいすると、
・河村勇輝のプロフィール
→山口県出身の25歳、PG
・河村勇輝のこれまでの経歴
→福岡第一を卒業後に三遠ネオフェニックスに入団し、大学生をしながら競技を続けた
・デビュー後、現在の所属は?
→グリズリーズ→ブルズを経て、2026年8月からクリッパーズとエグジビット10契約
・プレーの特徴は?
→172センチの小柄な身長を生かしたドリブルや的確なアシストが武器
となっています。
史上4人目の日本人NBAプレイヤーとなった河村勇輝選手は、開幕ロースター入りを懸けた正念場を迎えています。
今後の日本バスケ界を背負って立つ存在になると言われているだけに、クリッパーズでの更なる飛躍に期待したいですね。
